kamasan183のブログ

思いついたしょうもないもの

ひさしぶりです、とても。

更新はひさしぶりです。

更新しなかった理由はめんどくさかったからです。そんな時もあるよね。

 

別になにがあったというわけでもないですが、タイピングの練習もかねての投稿です。

頑張って手元を見ずに現在打っていますが、なかなかに遅い。

これからも努力ですね。

 

ところで、浅はかな知識を有する人ほど、饒舌に語ります。

私なんか特にそうですよ。

付け焼刃と評するのもはばかれるような事前に仕入れた浅井知識でさもその話をよく知っているように話す。

なんとおこがましく、くだらないことか。

分かっていてもやめられないことが一番恐ろしいです。

じゃあ知りすぎるとどうなるのか。

とたんにしゃべらなくなるんじゃないでしょうか。

今まで見てきた一面以外のことを知ると、さもそれが裏側の出来事のように感じ、今まで自分が簡略的な浅い知識だったと自覚する。

本来ならば、面というのは1つの解釈に過ぎず、その正体は三次元的な立体の形を有する特異な物質、それがこの自然界すべてにおける存在です。

所詮、自分が見ているのはただの一辺に過ぎず、より知る事で面となる。しかし、面を知ってしまった以上、その裏にチラつく立体の存在を無視するわけにはいかないのです。

 

つまり

人や物事を一言で表すなど

とてもおこがましく、その行為自体責任をとれるはずもないのに皆さもそれが当然の出来事のようにやっているのです。

 

私もやりますし、これを見ているあなたもやるのでしょう。

皆平等に持っている「脳」というからだの一部分があるからこそ、これらは起きてしまう。

だから本質を知ろうなどとするのは果てのない世界で端を見つけようとするくらい無駄なのだ。

 

話をもどさない。

今日は本当に無駄で愚かなことをした。

自分が避けてきたはずの心を抱いて、なおもその心に惑わされ愚行をいたるにいたった。

望み行動し、それによって手に入れることが出来るはずのものを私は望むだけで手に入れようとしたのだ。

愚かな人間だ。

手に入らないとわかったならあきらめるという選択肢が存在し、それを選んだはずなのに、その選択を放棄した。

だがそれ自体はおろかではない。

問題はそのこころの種類なのだ。

恋愛という感情は少なくとも私にはいらない、あってはならない感情のはずだ。

恋愛脳の人間に対しては生ごみを見るような目で見つめる事こそ、正しい選択だと信じて疑わないが、思わず私もそのような人間になりかけた。

愚かな。おろかな。

問題は人間という種族にあるのか、そもそも性別という概念が存在しているからなのか。それとも生物であり、種を残そうとするさだめだからなのか。

少なくともその役目は俺である必要はないはずだ。

どこかの男と女がそれをやればいい。

勝手に他人の為に努力し、結婚し、理解しあえないはずなのにお互いに寄り添い、子供を生み、けんかをし、離婚をする。

全ての人間がこのように歩むとは思えないし、私の周りにも幸い目立ってそういう人はいない。ただ、見えていないだけで相当数存在するのは分かっているのだ。

それを考えるだけで私はやるせなくなる。

 

不幸を生まないためには、そもそも感情を無くしてしまえばいい。

およそ方法は1つしかないし、それを明文化してしまうといけないからしないが、その方法をとることはこれから先の幸福も生まないということである。

私にはそれがとても素晴らしいことのように思えて仕方がない。

変化がないのだ。

永劫にそこから変わらない。

なんて幸せなのだろう。

変化する幸せ、変化しない幸せ、この二つを考えるとどちらも悩ましい。

辛い事は将来糧になるからいっぱい経験しておくべきだ、という意見もある。確かにその通りなのだろう。

だが、だが、私にはそれがたえられない。

苦しみたくない。

苦しみを捨てられる代償として歓びも捨てられるとしたら私は飛びつくだろう。色も形も存在しない世界。いや、もはや世界が存在していないのかもしれない。だがそれもいい。それでいい。

本当はそっちの方がいいのかもしれない。

でも、そうするにはまだ変化していく世界を楽しんでいるのも悪くないだろう。

一瞬のうちに過ぎ去る今をゴミのように過ごしていく今この時でさえも、とても素晴らしいものに違いない。

 

ゴミなどないのだ。

価値は自分で見つけ出す。

こんなくだらないエソラごとのようなことをだらだらと書き続けていられるのも今のうちなのかもしれない。

これから先、ただただ生きるのが苦痛になってしまうような出来事が起き、本当につらくなってしまうのかもしれない。それでいいのだろうか。

その時私は助かる事が出来るのだろうか。 

 

ところで私は女性の胸が好きだ。

大きければ大きいほど良いと思う。

是非あの豊満な胸の谷間に顔をうずめたいと思う。

是非あのたわわに実った果実をこの手で触ってみたいと思う。

だが、それはおそらくはかなわないだろう。

少なくともただで胸をさわせてくれる人間は身の回りにはいない。

それがしんどい。

きっとどこかにはただで豊満な胸を触りまくっても許してくれる人や、触りまくれる人も存在するのだろう。そう考えるともっとしんどくなる。

私にないものをだれかが持っている。

では、名前も顔も存在しているのかもわからないようなそいつに勝てるものを私は持っているのだろうか。

いや、ないはずだ。

私にはなにもない。

いや、それは違う。

私自身が価値があると思うものを持っていない。

厳密にいえば私自身にはおよそ価値のようなものがない。

仕事はサクッとできないし、残念ながら計算力も持ち合わせていない、それ以前に学校の成績もよくないし、人間もよくない。きっと社会一般から見た私の点数はとても低いのだろう。しかし、それはどうでもいい。社会が私に0点をつけるならば私も社会に0点をつけよう。

それだけのことだ。

だが、問題は他にある。

自分自身にとって自分の価値が低い事が問題なのだ。いや、本当に問題だ。

彼女は欲しい。というかやりたいだけだ。

だが、風俗では心も体も満たされない。できればこの手で身体も心も抱きしめた相手に全てをささげたい。

だが、残念ながらそういうわけにもいかない。

なぜなら私がつかめるものの中には女性の身体も心も存在していないからだ。

ああ。

ああ。

だがないものは仕方ない。ないんだから。大抵のものは手に入れないと気が済まないが残念ながら女性を手に入れることはできないらしい。

しんどい。

このような頭が悪し思考におちいってしまうことが情けないし、その挙句地団太を踏むことしかできないのがもっと悔しい。

なんとかしてあの胸の大きい子と知り合いになって仲良くなれないものか。

ああ、しんどい。

思わず占いに助けを求めてしまいそうだ。

 

では。