kamasan183のブログ

思いついたしょうもないもの

くだらないです。考え。

こんばんは

 

バイトしてる時にふと頭によぎったことを

文字に起こしたくて

ブログを書こうと思います

 

認められる

とは

なにか

 

自己肯定への欲はだれもが持つ物だと思います

 

いや、持たない人もいるのかもしれませんが

 

誰かに認められたい、認知されたい

 

ヒトは、自分1人だけでは、自分の証明が出来そうにもないので他人に頼って自己の存在の証明、ひいては自己肯定をしようとしています。

 

いや、これは私だけなのかもしれない

 

ていうか、俺だけだ

 

ところで

私の中には明確な基準がありません

 

これはオッケーとか、これはダメとかいう

白黒をはっきりつけられるボーダーラインが存在していません

 

強いて言うならば、

だれかがこれが良いって言ってたから良いのだろう

みんながコレにしているからコレにすれば正解だろう

 

そんなマジョリティに依存したしょうもないボーダーラインのようなものがあります

 

自分に自信がないから、誰かを頼る

 

それで頼って失敗したら、少し相手を恨んでしまうような、ゴミほどのしょうもない考えが自分の奥底にあります

 

でも、誰かを頼る

 

という選択肢を選んだのは自分自身なので

 

全責任は自分にあるわけで。

 

そこで、反省を少しして、でも、また性懲りも無くミスを繰り返す

 

まあ、そんな人生かな、と思います

 

話を戻しますが、自分の中のボーダーラインについてです

 

これを見ているヒトは

 

まあ、そんなヒトはいないとおもいますが

 

何があっても譲れない

 

そんなボーダーラインは自分の中にありますか?

 

そこまで強くなくとも、ある程度の線引きはできますか?

 

もし、出来ているのなら私はそれが心底羨ましいです

 

私は失敗しても成功しても、

それが本当に失敗だったのか

本当に成功だったのか

 

と、考える節があります

 

現在の時点では上手くいった

 

でも

 

次の瞬間にその成功によって、なんらかの問題が引き起こされ失敗が起きるのかもしれない

 

もしくは、とんでもない大失敗をしたとしても、何かの経験として、きっかけとして成功に辿り着くのかもしれない

 

そんな不安のような淡い期待のような

もやもやした

訳のわからない考えが

自分の中に存在しています

 

なんだか、自慢のような、まるでそれを誇っているような書き方で、申し訳ないです

 

自慢や誇りのような、そんな気は毛頭ないです

 

平たく言ってしまえば

 

この私の考えは、天邪鬼に分類されるのかもしれません

 

ですが、私は自分の考えが、天邪鬼のソレだとは思いません

 

これは勝手な解釈ですが、天邪鬼とは、まるで子供が正論を言われてムキになって反論するような、開き直って逆ギレするような

わざとらしく、ひねくれる

ものだと思っています

 

そう言えば東方のキャラにもいましたね

鬼人正邪とかいう天邪鬼が

 

片裁ちバサミの片割れを探している、どこぞのスケバンのようなキャラに似ていて好きです

 

まあ、それはいいとして

 

なんだか眠くなってきたので寝ます

 

続きは明日書きます

 

やっぱ多分書きません

 

では。